16.6月のはじめくらい 焦燥感にまみれた日

1.

こう、無職になってみてはじめてわかることなのだろうけれど、無職になると人に会いたくなりますね。いやたぶん人でなくても知り合いならゴリラでも犬でもなんでもいい、というか予定があればいい。

そう、予定を入れたがるんですよね無職。

時間をうまく使えない。なんか書くだろうと思ってたらブログすら書かない。寝て起きてなろう小説を読んで野球を見てなろう小説を読んで一日が終わる。ひどいもんだ。

それが嫌で予定を入れたがる。無益に時間を潰すのが嫌で気を紛らわしたがる。あっやめて、なんでこいつ仕事辞めたうえに無職ディスってんだ自分もだろうにとか思わないで。僕だって必死なんです。なんとか自分を正当化して価値を見出そうとしているんです。というわけでこの日記を読んでいる社会的地位のある人は救済してくれていいんですよ? 遠慮せずにほらほら。え? 救済する価値もないって、それは自分が一番よくわかってるんだってば。物分りが悪いなあ。

 

2.

新しい趣味をつくらないといけない(義務感)

ものは試し、なんちゃらは度胸、失うものは何もない! すごいぞ無敵だ最強だ! わははははは!

などと虚しくも自分を鼓舞しつつ、家の前にある公園で毎朝行われているラジオ体操に参加しました。

枯れ木のような身体を弱々しく動かすお爺さん、お婆さんに混じって一人まざった半端者。悪目立ちしてしまってやたらと話しかけられて、まあ楽しくはあったのですが、お爺さんたちに合わせて自分まで枯れていくような錯覚があったのでもう行きません。

若い人間としての自分ではなくて自分と接してほしいんです。って、相手のことを年寄りとしか見ていない僕が言えることじゃないや。結局人間なんて見た目と所属でレッテルを張り合い表面的に判断するしかできないんです。人のことなんてわからないもの。こんな捻くれて考えず、もっと楽に生きたいけれど、そうすると私が最も嫌悪するモノになってしまうから、今日もこうしてうだうだとネットの片隅でくだを巻いている。ままならないものだなあ